英語が上達する人としない人の違いとは?自分のワーホリを振り返る。

 

「語学学校に行っていないから仕方がない」ということと、「英語の勉強のためには日本人がいない場所へ行く」ことは相反するものだ。

 

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英語の上達のために日本人がいないところを選ぶ=必然的に英語を話す環境に自分を置くことで英語の上達につながることを意味する。

 

方や、語学学校に行っていないから仕方ないという考えは=すぐに英語が話せなくても仕方ない=現地の人とコミュニケーションが取れないのは仕方ない。ということを意味している。

 

自分が選んだ環境と、今自分がとっている行動や考え方について矛盾が生じていた。

 

結局は自分に対する甘え。

恥をかきたくない、コミュニケーションがとれなくて相手に嫌な顔をされたくないというような、自分に対する甘えが、全てを捨ててタスマニアに来た今でも変わらずに残っていた。

 

それは全て行動に現れる。

前回の記事でも書いたように、仕事探しは彼女に頼ってばかりだった。

それは言うまでもなく、語学学校に行っていないことを理由にしていた。

 

だったら語学学校に行けば良い。

ただそれだけのことだった。

 

このような考えの人は、仮に語学学校に行った後でこの環境に置かれたとしても、次はまた何かしらの理由をつけて逃げるだろう。

結局は自分を守るための言い訳ができる理由がほしいだけ。

 

自分は語学学校に行ってないのだからある程度は仕方がないという考えを、その当時は正しいと思って過ごしていた。

今となってはそれは大きな間違えだとわかるが、その当時は柔軟性もなければ固定概念の塊みたいな人間だったので、それ以外の考え方というものを受け入れることができなかった。

 

当時はその考えだったため、当然ストレスもあまりない。言ってみれば、何にもできないくせに海外いるなぁ〜っていう気分だけを味わって、満足感に浸っているような感じ。

居心地が良いから、その考えが間違えだと気づくこともできない。

そんな状況の中に当時はいたと思う。

 

その結果、どれだけ彼女に負担をかけたかわからない。その当時のことを振り返ると本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

話が少し脱線したが、前回応募した寿司屋はあれから1週間たっても連絡がなかった。

時間が経つにつれて自分たちはだんだんと焦りだしたのだった。

 

次に続く

 

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※番外編