オーストラリアで永住権を取るか?日本で生活する道を選ぶか?④
前回の記事の続き。
日本で生活することを決めた2つ目の理由は、永住権を取って生活している日本人夫婦と数多く出会ってきたが、いずれも幸せそうに見えなかったことが挙げあられる。
もしかすると、本人達からしてみれば十分幸せだし、何も不満はないという夫婦もいるとは思う。
ただ、私たちから見た場合、大変な思いをしてとった永住権で、海外で生活して生きるということに幸せだと思わないといけないといったような、目に見えない何か悲壮感のようなものが漂っているように感じた。
それに、出会ったいろんな人が、親の死に目に会えなかったということや、子供が親に会うのは年に1度あるかないかくらいという話をしていた。
下手したら5、6年日本に帰ってない人もいた。
それは当然のことかもしれないが、自分たちが考える幸せの定義からすると、何か寂しい感じがしてならなかった。
これは日本人夫婦で海外で生活している場合の話であり、国際結婚で永住権をとって住んでいる人とはまた状況は違う。
国際結婚の場合は、移民としてではなく本当の意味でオーストラリア人の生活というものが送れて、オーストラリア人の感覚で何事も決めていくことができると思う。
それとは反対に、日本人夫婦で永住権をとって生活した場合、本当の意味でオーストラリア人のような生活は送れないと思った。
それは周りの見る目もそうだが、生活環境も移民としての生活になってくると感じた。
仮に国際結婚をして旦那がオーストラリア人だった場合、旦那の職業の選択肢が多い。
もちろんネイティブだから英語の壁もない。
それが日本人夫婦で永住権をとった場合、まず職業の選択がかなり狭まる。
中にはちゃんと現地の大学などを出て勉強して、永住権をとったという人もいるとは思うが、そういう人は一握りの人だと思う。
その他の殆どは、永住権をとりやすい職業を選択し、それで永住権を獲得している。
そうしたときに、永住権のとりやすい職業というのは、オーストラリア人がやりたがらない職業で人が不足している分野に限定される。
すると、そういう職業というのは賃金が安かったり、体力的にキツい仕事だったりといったものになってくる。
オーストラリア人のような自由な生活に憧れて夫婦揃って永住権をとったにも関わらず、実際の生活は仕事に追われていたり、生活が苦しかったり、何かしらの不自由さを感じながら生きることになる。
それだと、場所は違うが日本での生活とあまり変わらなくないか?と思ってしまう。
確かにオーストラリアだといろんな人種がいるので、日本より対人関係は楽だったりするところはあると思う。
もしかすると、その部分では自分らしく生きられるかもしれないが、自分が思い描いてた永住権をとってオーストラリアで生活するということとはかけ離れているように思えた。
永住権をとっても結局、インド系の人はインド系の人たちが集まる地域にかなりの人が住んでるし、中国系であればそういう地域の人が集まるところで助け合って生きている。
それは日本人も同じで、いろんな地域に日本人のコミュニティのようなものがあって、日本人夫婦で永住権をとった場合、結局そういうところに属して助け合いながら生きていかなければならないように感じた。
そうなれば、国はオーストラリアなのに仕事も周りの環境も殆ど日本と変わらないのではないか?何のために永住権を取るのか?という疑問が湧いてきた。
確かに、そういうのに属さずに生きていく選択もあるとは思うが、異国の地で移民として生きて行くには文化や考えが似た同じナショナリティの人たちと多かれ少なかれ関わらざるを得ない。
これが独り身なら自由に生きていけるだろうが、日本人夫婦2人で生きていくとなると話は別だ。
また他の記事でも書いたように、子供のことを考えると、自分達には時間もなかった。
結局はオーストラリア人のような生活は出来ないということに気がついたとき、永住権という魅力に「?」がつくことになり、永住する道を選ばなかった。
これはあくまでも自分達の価値観に照らした結果の判断なので、みんなにとってこの選択が正しいとかそういうつもりはない。
永住権をとって幸せに生きている人も当然いるわけで、永住権をとるか取らないかで迷ってる人は自分にとって何が大切か?ということを考えて選んだら良いのではないかと思ってます。
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※番外編